極北日記

くまじろうの≪中年向け≫チャレンジ1年生

保育士失格 ~人間失格 / 太宰治(べあこの場合)

 恥の多い生涯を送ってきました。

べあこには、都会の子育てというものが、見当つかないのです。べあこは東北の田舎に生れましたので、子ども乗せ自転車(親子自転車)をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。

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べあこは、くねくねと歩道を走る子ども乗せ自転車の三段シートがぶつかりそうになるのを、よけて、そうしてそれが子どもの落下を防ぐために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは自分たちの存在を誇示するために、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。
雨の日の子ども乗せ自転車は、べあこにはむしろ、ずいぶん垢抜けのした装飾で、それはカスタム車の中でも、最も存在価値をアピールする装飾装備品の一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ子どもが雨風を防ぐための頗る実利的な装備に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

また、べあこは、保活という言葉を知りませんでした。いや、それは、べあこの子育てがひと段落し預け先にに困らない状況だという意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、べあこには「保活」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。

べあこの田舎では、10か所くらいの保育園が全部、公立のため役所で手続きをし、保育士のべあこは、もちろん非常勤でしたが、その業務は担任で、非常勤とは名ばかりの有様には、べあこはいつもグレーな思いをしました。それに田舎の昔気質の園でしたので、残業も、たいていサービスで、休憩時間、そんなものは望むべくもなかったので、いよいよべあこは契約更新か再就職かを恐怖しました。べあこはそのグレーの末席に、疲れにがたがた震える思いで口に給食を一気に運び、押し込み、保育士は、どうして昼休みに連絡帳を書くのだろう、実に子どもはしあわせそうな顔をしてお昼寝をしている、これも一種の儀式のようなもので、保育士が子どものお昼寝の時間に給食をかっ込み、連絡帳を書き、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、お遊戯会の衣装を相談したり、やりたくなくても無言で週案を書きながら、居眠りしそうになったり、夜中にうごめいている小人たちに委ねる方法なないものか、とさえ考えた事があるくらいでした。

保育園落ちた日本死ね、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでもべあこには、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつもべあこに不安と恐怖を与えました。人間は、子どもを預けられなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほどべあこにとって難解で晦渋で、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

 つまりべあこには、保育というものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。べあこの子育ての観念と、世のすべての親たちの子育ての観念とが、まるで食いちがっているような不安、べあこはその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。べあこは、いったい保育士なのでしょうか。べあこは小さい時から、実にしばしば、わがままだと人に言われて来ましたが、べあこはいつも我慢の思いで、かえって、べあこをわがままだと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと勝手なようにべあこには見えるのです。

人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金? まさか、それだけでも無いだろう、現代の親は、保活をするために育児休暇はとらない、という説は聞いた事があるような気がするけれども、保活のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、べあこには、わからなくなり、べあこひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。べあこは上京してから保育業の就活がほとんど出来ません。何を、どう行ったらいいのか、わからないのです。

 そこで考え出したのは、派遣でした。

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