極北日記

くまじろうの≪中年向け≫チャレンジ1年生

4年前の思い出を清算し、お互いに記憶の補完をする。

あの日、子どもたちは何も知らずにいつものように過ごしていました。

明日から会えなくなることも知らずに、一緒に散歩に行き、ご飯を食べ、お昼寝をし、トイレに行き、おやつを食べ、絵本を読む。普通の日を過ごしました。

 

 

それっきり会うことなく、あれから4年。

 

ホールに集まっている子供たち。柱の陰から、こっそり見学していると、数人の子供たちがこちらに気づきチラチラと見始めます。先生の説明が終わり、ドッチボールが始まりました。こちらのことなど忘れてボールを追いかける子どもたち。表情や動きは4年前と変わらず、すぐにあの頃の姿がうっすらよみがえり始めます。

うれしかった思い出。辛かった思い出。私の中で止まっていた思い出が、音を出して動き始めました。色を付けて、リアルに。

無責任に私の思い出の中に閉じ込めてしまっていたあの子たちを、ようやく解放することができた気がします。

もしかしたら、私はあの頃の思い出を4年の間で、自分の都合の良いようにねつ造していたのかもしれません。

 

 

人は2歳のころの記憶が残っているものなのでしょうか。

 

ふと、一人の子どもが近づいてきて言いました。
「べあこセンセ、一緒にドッチボールしようよ」

 

 

月齢の早い子供ならば、なんとなく顔を覚えているかもしれません。でも、しっかりと名前を呼びかけてくれたことに驚き、思わず涙があふれ出ました。

 

 

 

先生が近づいてきたので、今の出来事を伝えたました。

 

 

 

 そして、先生は言いました。

 

 

 

「あぁ、子供たちが、あの先生だれ?って聞くから、2歳の時のべあこ先生だよ、覚えてないの?って教えたんです。」

 

 

 

 

 

なぁーーーーんだ。

なぁーーーーんだ。

 

 

 

 

 

 

子どもの記憶力を過大評価しすぎた自分に笑ってしまいました。

 

 

それでも、園内にいる謎の大人を見て「あのお母さん誰のお母さん?」ではなく、「あの先生だれ?」と聞くいうことは、私が先生だったという記憶が無意識のどこかに眠っていたんだなということになります。

 

この日彼らの記憶は、2歳の時の先生がべあこだったと補完されたのでした。

 

 

 

そしてべあこもまた、春休みの無い保育園での3/31と4/1の気持ちの切り替えの辛さ、それに慣れていくことへの抵抗感などから「保育士は向いていなかった」という記憶を補完したのでした。 

 

 

 

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